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三三  死刑の宣告



 ピラトは真理を求めたのではない。逃げ道を探していた。今やかれは前よりも一層迷いだした。かれの良心は「イエズスは無罪である」とささやいた。かれの妻は主を聖者と呼んだにもかかわらず、迷信に動くかれは主を神々の敵とも思った。臆病な心におそわれるかれには、イエズスは神であり、復讐するだろう、とも思われた。すると別の新たな考えにかれはおそわれた。イエズスは自分の内心を見抜き、自分の心のあらゆる恥を感じさせつつ自分の前に立っているのだ。自分がむち打たせ、また十字架につけることさえできるもの、そのものが自分の悲惨な末路を預言した。そして、決して偽りの言葉を言わず、自己弁護をしなかったものの口が自分を正しく裁いたのだ。傲慢なかれはこうした考えにいらだった。そしてこのひきょうな悪人は「かれが死ねば自分について知っていることも、また自分に預言したことも消えてなくなるだろう。」と考えた。

 ピラトはユダヤ人の戦慄するような叫びの中で、判決宣告のため準備を整えるように命じた。かれは他の衣服を持って来させた。またかれは別のマントを着た。大勢の兵士がかれを取り囲んだ。法廷の召使いが何かを持ってかれの前に進み出ると、書記が巻物と小板を持ってこれに続いた。一人が前に進み出てラッパを吹いた。するとピラトはかれの館から広場に下りたった。そこにはむち打ちの刑の柱に向き合って、きれいな壁で囲まれた裁判官席があった。この場所は「ガバッタ」と言われた。それは何本かの階段がついた円型のテラスであった。上には裁判官の席があり、そのうしろには他の裁判係員の場所があった。兵卒はこの所を取りまきまた階段にも立っていた。ファリサイ人の中の何人かはすでに神殿に行った。しかしアンナとカイファ、ならびに他の三十人ばかりはピラトが官服をつけている間に直ちに裁判席の方へ行った。二人の強盗はすでに少し前そこに引き立てられていた。赤いおおいのかけられたピラトの席には、黄色のふちのついた青い座布団がおかれた。  

 さて、イエズスは赤い愚弄のマントを着せられ、頭には茨の冠をかぶせられ手を縛られたまま、罵倒する群衆の中を通って裁判官席の所にひかれ、二人の殺人犯の間に立たされた。ピラトは席につくとイエズスの敵にさらにもう一度言った。「おまえたちの王を見よ。」かれらは叫んだ。「取りのけろ。そいつを取りのけろ。十字架につけろ。」ピラトは言った。「おまえたちの王を十字架につけろというのか。」すると大祭司は叫んだ。「われわれにはセザルのほかに王はない。」総督はもはや何も言わなかった。

 二人の強盗の死刑はすでに確定していた。しかしその処刑は大祭司の願いによって今日まで延ばされていた。かれらはイエズスを卑しい人殺しといっしょに、十字架にかけて恥ずかしめようと考えていたからである。強盗の十字架はすでにそこにおいてあったが、主の十字架はまだなかった。多分死刑の判決が宣告されていなかったからである。

 イエズスは獄吏に取り囲まれて総督の立つ階段の下に立たれた。ラッパによってふたたび静粛が命ぜられ、ピラトはおずおずとして、また怒りながらも死刑の判決を宣告した。

 まずピラトはかん高い声でチベリウス皇帝の名を呼んだ、次いでイエズスに対する訴えを述べた。 - かれは自分を神の子、ユダヤ人の王と言ったがゆえに扇動者、治安攪乱者、ユダヤ人の律法の破壊者である。ゆえに大祭司たちによって死刑が判決され、人民は異口同音にその磔刑を要求した。 - 最後まで何回もイエズスの無罪を宣告した不義なる裁判官ピラトは、大祭司たちの判決を正当と認めるとさらに宣言した。かれは「ゆえにわたしはナザレトのイエズス、ユダヤ人の王を十字架にかけることを判決する。」との言葉をもって結んだ。それから獄吏に十字架を持って来るように命じた。かれがその時、長い棒を折ってイエズスの足下に投げつけたように私ははっきりではないが覚えている。

 なお判決は文書とされた。数人の書記は直ちに写しを作った。次いで使いがどこかへ派遣された。わたしはそれも判決に関係したことであったのか、あるいは他の命令が公布されたのか知らない。しかしピラトは口頭をもって宣言したのとは、全く異なる他のイエズスに関する判決をも書いた。それはかれの二枚舌をはっきり証明した。それはかれが自分の意志に反し、苦しい錯乱した感情のうちに書いたかのようであった。そしてその際怒った天使がかれの手を運ばしているようであった。それは大体次のような文面であった。「民衆の切迫せる混乱を懸念し大祭司、議員などに強要され、扇動者、冒涜者、律法破壊者として告訴され、その磔刑を要求されたナザレトのイエズスを、われはそのとがを認めざるも磔刑に処す。われわれは皇帝の前に正義ならざる裁判官、あるいは反乱を助けし者として訴えられざらんがためにこれをなせり。イエズスと共に処刑せられんため上記らの者らの要求によって処刑を延期せられ居りし二人の罪人も死刑に処せられるべし。」

 この判決をピラトは何枚も複写させ各地に発送させた。その判決は大祭司などの意を満たさなかった。ことにかれらがイエズスといっしょに処刑するよう願い出たため、強盗の刑執行を延期したとピラトが書いたからである。かれらはなおピラトの裁判席の周囲で口論していた。ピラトはまた十字架の捨て札を一枚の板に三行に書かせた。するとかれらはまたこの捨て札について、それは「ユダヤ人の王」ではなく、「ユダヤ人の王と自称せし者」と書き直すよう、ピラトと論争した。かれはしかし気短かに嘲るように怒鳴った。「余が書いたものは書いたままにしておけ。」

 かれらはまたイエズスの十字架の上部が強盗の十字架より高くならないようにしたかった。しかしピラトの書いた捨て札をかけるためにはやはり高くしなければならなかった。かれらはこの恥さらしの捨て札を取りのけようと反抗した。ピラトはこれも自分を譲らなかった。かれらは捨て札を取り付けるために、十字架の幹の上部に木片をはめこんで高くせねばならなかった。それで十字架はわたしたちがいつも見ているようなあの意味深い形となったのである。

 クラウディア・プロクレは、夫にかの証拠品を返しかれとの関係を絶った。わたしはかの女がこの日の夜にこっそりと館をぬけ出し、聖婦人たちの所に逃げ込んだのを見た。聖婦人たちはかの女をラザロの家にかくまった。裁判官のうしろがわ、緑がかった石の上に、後日ある者がとがった鉄をもって「正義ならざる裁判官」という文字を彫りつけた、そこにはまたクラウディアの名も書かれてあった。わたしはこの石が裁判官のしつらえてあった建物の土台の中に、今なお知られぬままにうずもれているのを見た。

 死刑判決の宣告の後イエズスは恐るべき獄吏たちの獲物となった。かれらは主の着物をふたたび持って来た。それはすでにきれいになっていた。わたしはだれか心あるものがそれを洗ったのだろうと思う。恥知らずのならず者は主の手をほどき、赤マントをむごたらしくも、傷ついたお体からむしりとった。その時、あちこちの傷がふたたび出血し始めた。巾広い茨の冠の上からは、聖母が主のために織った縫い目のない褐色の着物を着せることが出来ないので、茨を主の頭から引きはずした。傷はそこら中ふたたび痛み出した。かれらは主の傷ついた体にその織った上衣を投げかけてから、巾広の白い衣をかけた。その上に広い帯とマントをつけた。それからふたたびもう一つの帯を体にまきつけ、それに縄を結んだ。すべてこれらのことを突き飛ばしたり、投げつけたりしながら身の毛のよだつように荒々しく行った。

 二人の強盗は手を縛られて右と左に立っていた。かれらもまた裁判されるのでイエズスのように首に鎖を巻き付けていた。着ているものはただ一枚の布と粗末な袖のない胴着だけであった。そして両手はそのままで縛られていなかった。かれらの色はうすぎたない褐色であった。そしてかつて受けたむち打ちの刑のために痣だらけになっていた。後に改心した強盗は今はもうすっかり静かになり、考え込んでいた。しかしもう一人の強盗はいきり立ち、ふてぶてしくも獄吏たちといっしょになってイエズスを呪い罵倒していた。主はかれらの改心を願いながら、二人をごらんになった。主は自分のすべての苦難をかれらのためにもまた忍ばれた。獄吏たちは自分の道具を持って来た。

 アンナとカイファはやっと論争をやめた。かれらは写しの書いてある数枚の細長い書き付け、羊皮紙の一片をもらって神殿に急いだ。かれらは時間に間に合うように一生懸命であった。

 傲慢で決断力のない偶像崇拝者、世間にはびこっても、やはり死を免れることの出来ない死の奴隷ピラトは部下と共に護衛兵に囲まれ先頭のラッパを吹かせながら館に帰った。





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